3.セントラルバスターミナル

東南アジアの高速バスはとても快適です。シート幅は十分にあって、3年間アメフトをしていた俺でも寝返りをうてるほどで、更にリクライニングは150度くらい倒れるから、車内の効きすぎた空調にさえ気をつければ目的地まで熟睡できる。でもトイレ休憩は運転手の尿意によるし(バス自体はトイレ付だったかもしれない)、何より明け方に着くように到着時間を調整してくれるといった心遣いは望むべくもない。そのことに気づいた時には運転手の「マラッカ!」の声で叩き起こされて、なんにもないマレーシアの郊外の道路脇に放り出されていた。大きくも小さくもないバスターミナルが目の前にあったけれど、殆どの電気は消えていて、バスはロータリーに入ろうとすらしてくれなかった。午前三時のマラッカセントラルバスターミナル。

不思議なことに、周りの乗客には一人残らず迎えの車が来ていた。一人くらい同じ境遇のうっかり旅行者がいないかと見ていたら、本当に一人残らず、速やかに、消えてしまった。今思うとこの時、どれかの家族を捕まえて無理にでもマラッカ中心部まで連れて行ってもらうべきだった。でもさっきまでシートが快適とかしか考えずに寝ていたのに、そんなことができるわけがないやろ?

仕方ないからバスターミナルの建物に向かってあるき出したけれど、全く期待は持てなかった。一体どこがセントラルなのか。一番手前の光の漏れ出ている戸口を覗いてみると、ごみ捨て場だった。しかもかなり管理の悪い部類で、床にゴミとか生ゴミとかバナナの皮とかが散乱していた。これにかなり怖気づいてしまった。あまり治安の良くない地域かもしれない。ロータリー前で暇そうに話しているのはぼったくりタクシーの運ちゃん二人で、たまにくる俺みたいなのを待っているんだろう。案の定その一人が、タクシーいるやろ、とふっかけた値段を言ってきた。俺はとりあえず、いらん、一晩中暇やから自分で歩ける、と答えたけれど、電波もなければ地図もなく、夜行バスで宿代を節約しようとホステルすら取っていなかった。どっちに歩けばいいのかもわからないから、どうしようもない。俺は圧倒的に不利だったし、お互いにそれがよく分かっていた。結局少し値切って、彼に連れて行ってもらうことにした。とりあえず、一番中心部まで行ってくれ、と言ったけれど、行くあてもないし、運転手が言った「ヨンカー通りでいいか?」というのが正しいのかどうかもわからなかった。なんでもいいからど真ん中まで行ってくれ、と言って、あとは野となれと投げやりな気分になった。多少なりとも起きている人がいればいいと思ったし、このときばかりはおろしたあり金を全部巻き上げられてもおかしくないわ、と思ったけれど、運ちゃんはちゃんとど真ん中まで行ってくれて、合意した金額しか要求しなかった。マレーシアは治安がいい。