10.緑の土地

  普通列車の硬い木製シートに座っていた4時間、窓の外に見えていた景色はほとんど一種類だけだった。低木が密に生い茂る緑の大地と雲ひとつない空。時折、線路脇で牛が草を食んでいる。遠景に山並みが見える時もあり、見えない時もあった。20分に一度くらいの間隔でバス停よりもさらに簡素な停車場に止まる。そのトタン小屋を2つくらい過ぎるとやっとホームのある駅に着き、車内販売の地元のおばさんが乗ったり降りたりして、またトタン小屋を一つずつ攻略していく。ホームのある駅には納屋くらいの大きさの駅舎があって、必ずタイ国王の肖像画が額縁に入って飾られている。その中で軍服を着た駅員が大時代なポイント切り替えレバーを操作すると、列車はまた緑の大地へと繰り出す。

  車内ではありとあらゆるものが売っていた。ハジャイで買ったような弁当もあれば、なんなのかよくわからない菓子や、セロリと小松菜を足して2で割ったような野菜、果てには日本の味のりまであった。包装に日本語であじのりと書いてあったから間違いない。子供がおやつ代わりに食べるらしい。

  ハジャイの駅から乗っていた現地の人と、Google翻訳を使ってぽつぽつと噛み合わない話をしていたが、彼女は2時間ほど行ったところで降りていった。そこは4時間の行程の中で唯一、まともに人が住んでいそうな街だった。

  天気は快晴だった。窓を全開にして永遠に続く緑を眺め続けるのは爽快な気分だった。その爽快な気分はたっぷり4時間、持続していた。尻が痛くなるのさえも全く気にならなかった。時折の話し相手になってくれていたタイ人が降りた頃から、この緑の中にある差に気づくようになっていた。湿地帯と低木密林の緑、インディカ米の田園の緑、ゴムプランテーションの緑… トンネルに入って初めて、この客車には電灯が1つも付いていなかったことに気づいた。

  スラータニーに着いた時はもう日が沈んだあとだった。駅員に聞くと、街に出るバスは今まさに出るところだという。慌てて走り出て、手を振りながらバスに乗り込む。タイとマレーシアの最大の差はバスの車体だと思った。タイのバスはけばけばしい色に塗り分けられていて、メタル部分は必要以上に光沢がある。中には国王の絵に並んで、けったいな神様の絵がプリントアウトされたまんまに貼り付けられていた。

  グーグルマップと睨めっこしながらバスに乗っていると、(正しいバスに乗っている確証がどうしても持たなかった)隣に座った少年が次の停留所で降りろ、と書かれたスマホの画面を見せてきた。よくわからないけれども旅は道連れ、詐欺にしても手が込みすぎているので、従って降りる。話してみると、このままではきっと俺がぼったくられると心配し、家族のバイクで宿まで送ってくれるという。なんとありがたい。しかも今までの中で最も安全運転なニケツだった。