4.リンダリンダ

前回:午前3時にマラッカに到着

 タクシーを降りた場所はマラッカの中心の小さな川にかかる小さな橋のたもとだった。ハードロックカフェの前で、細い通りを挟んだ向かいにはH&Mが建っていたが、当然どちらも閉まっている。小さなラウンダバウト的な交差点の斜向いの赤い壁の歴史的建造物風ビルには「明の鄭和寄港から633年」という垂れ幕がかかっていた。(正確には覚えていないけど、相当きりの悪い数字だったことは確か。)街の中心にきてもやっぱり真夜中であることには変わりないけれど、起きている人の気配はあってそれだけで十分に安心する。二人のおばさんが取り掛かって、道端のビニールゴミをちょっとだけ漁ってから通り過ぎる。夜行バスを宿代わりにするつもりだったから依然として行くあてはないけれど、川沿いのカフェではおそらく観光客と思しき人達が飲んでいるのでなんとかはなりそう。

 とりあえず橋を渡って向こう岸から(時刻にしては)賑やかなリバーサイドを眺める。歩いていると、溜まっていた10人ほどの地元の少年たちに呼び止められて、「観光客か?ブログにアップするから一緒に踊ってくれ」と言われたので快く承諾した。真夜中に巨体のマレーシア人少年と踊る俺の動画が、インターネットの海のどこかに存在しているのは奇妙な感じがする。適切なキーワードで検索すれば(もちろんマレー語で)たぶん俺の人生で最もコンテンツに満ちた夜が20秒間分切り取られて浮かんでいるはず。

 終夜営業の廉価なファーストフード店を紹介してほしかったので、しばらくこの地元の少年たちとつるむことにした。彼らの遊びはペットボトルをルーレットにして罰ゲームをさせるというシンプルなもので、さっきのは通行人とおどる、という罰ゲームだったみたい。DQNやん。俺が加わったことで次の罰ゲームは「日本の歌を教わって歌う」になった。中に日本語選択の子がいて、Kiroroの「未来へ」を少し知ってたからそれを教えようとしたけれど、そもそも外国の曲覚えて歌うとかできんくない?っていう懸念どおり、案の定諦めてブルーハーツに頼ることにした。そいつは対岸のカフェに向かって「俺は!今から!日本の歌をうたうぜ!」って宣言して大声でリンダリンダを歌って、さっきと同じようにその動画もインターネットの海に放り込まれた。いいやつらだけれどやることはやっぱりDQN

 我々一行はそのあとマクドナルドに向かった。人もいなくて、車もいない夜の観光地を、十人の陽気な不良少年と(タバコとかも吸ってたからきっと不良少年なのだろう)とバックパッカーがお互いについて質問し合ったり、ふざけたり、奇声をあげたりしながら歩く。全寮制の男子校に通う彼らはもうすぐ卒業して、それぞれ仕事につくらしい。きっといまがスーパー青春真っ盛りなんだろうな。

 あたりが明るくなる頃までには少年たちは三々五々に帰っていって、最後に残った3人も7時にはじゃあねと言って別れた。俺はまだまだ人の少ないマラッカを2,3回道を間違えながらもとのハードロックカフェに戻り、ゲストハウスに行ったけれどまだ空いていなかったので近くの点心と飲茶の店で朝食を取りながら時間を潰して、向かいに緑の瓦を葺いたモスクがあって、それをスケッチしているうちにゲストハウスが開くので荷物を置いてシャワーを浴びた。ゲストハウスはマラッカ風町家(ショップハウス)を改装したもので、間口が狭くて奥に長くて途中に光庭があって、もし床と畳を張ればそのまんま京都のやつとして通りそうな造りになっているのだけれど、その二階がぶち抜かれて20畳ほどの空間になっていて、その壁沿いにベッドが10台くらい並んでいて、宿というより兵舎のような雰囲気だった。なにせほぼ眠れていないから眠いし、テンションは不良少年たちと使い切ってしまっていたから、すぐにでもこのエモいドミトリーを活用したかったけれど、旅の1日目はまだ時間を惜しむくらいのモチベーションが残っているので、9時間ぶりのwifiを使ってその日の予定を立てた。9時間というと全く大したことがないように聞こえるな。